日光

日光二荒山神社

古く二荒山(男体山)を御神体としているわけで、山が御神体ってなかなかなくない?しかも境内に華厳の滝はあるわいろは坂はあるわ。境内広すぎるわ。神様としては一応大国主になってるけど、でも山なんでしょっていう。
ここに行く前に雨には振られるわ修学旅行中のガキに蹴られるわ色々むかついていましたが、やっぱりここはいい場所です。
霊泉もあるし、木もあるし、高耶さんもいたし、千秋もいたし。

東照宮
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東照宮にいる霊獣は全部で26種類。虎・兎・辰は、家康・秀忠・家光の干支であるので、よく出てくる。
唐獅子:聖域を守る動物。獏:平和と軍縮の象徴であり、78体いる。

日光山は766年、勝道上人が四本竜寺を創建して以来、1400年の歴史がある。彼はふだらく浄土を求めて旅をしていて、明星天子に導かれて男体山と出会う。神仏混交の時代、男体山―おおむなち―千手観音―二荒山神社、女峰山―たごりひめ―阿弥陀如来―滝尾神社、太郎山―あじすきたかひこね―馬頭観音―本宮神社と繋がっていた。
820年に真魚が入山してから、ふたら―にこう―にっこうと山号をつけた。そのあと円仁が来山して天台宗とした。
小田原攻めにあたり、日光衆は北条方についたため衰退するものの、天海僧正の時代に盛り返す。
家康は「死後1年たったら日光に小さな祠を立てて、自らを神として祀れ。そこで八洲の鎮守として後世を見守る」という遺言を残した。家光が現在のような絢爛なものに1年半で作り上げた。
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陽明門にある、「魔よけの逆柱」。「形あるものは、完成した瞬間から崩壊が始まる」ということで、完璧でないところを作った、と。「及ばざるは過ぎたるより勝れり」という家康の言葉からだそうだが。
…えーでも及ばざるより過ぎたる人の方が私は好きです←
眠り猫の裏はスズメ。猫がいないとスズメが遊べるから。

食べる
日光の湯葉…湯波?は有名です。魚要:湯波そば 寿司秀:湯波寿司 割烹与多呂:湯波ランチや「女峰」、えびすや、ますだや 
明治の館:洋食、ふじもと:フランス料理、うなぎ澤本

買う
日光湯波ふじや:ゆばトロ、串ゆばなど、湯沢屋:酒まんじゅう、三ツ山羊羹本舗、ひしや:羊羹
村上豊八商店:日光彫り

神橋:勝道上人が、深い谷川が渡れずに神仏にお願いしたところ、悟浄が現れて2匹の蛇を橋にしてくれたのだとか。うーん、さすがの兄貴です。