*うっかり検索サイトからいらっしゃってしまった合唱関係の方は、今すぐBack Spaceを押すといいと思います!
「夢」
夜 古い記憶が僕の夢を織った
それで夢は深いところへ落ちていった
これで速攻直高だと思いました。直江と高耶さんが二人で寝てるじゃないですか?それで、古い記憶を夢に見るんです。
夢を見ている自分ごと、深いところへ落ちていく。
長い間雨は降り続き
400年間降ってたようなもんじゃないかと思います。でも最後が静かな雨の夜になので、つらい雨なだけではなかったと思うの。
たとえば晴家ちゃんが夜叉衆を抜けるって言って直江が走ってきたときも雨だったじゃん。
小さな蹉跌にも 僕は優しい言葉を求めている
蹉跌…っ!しかし一般人は鉄にくっつく砂鉄と勘違いしておりましたwですよねー
あと蹉跌ってぐぐったら類似に「蹉跌の夢」って出てきてびびりました。
しかし高耶さんって蹉跌に優しい言葉を求めるタイプじゃないのよね。どっちかっていうとそれは自虐している直江の方。
「この男は小さな蹉跌にさえも優しい言葉を求めずにはいられないんです」みたいにぐるぐるしてそうです。
四国の一人寝の高耶さんでもいいです。夜に、優しい瞳をしていた直江を夢に見ちゃうなんてかうぃいことした高耶さんですからね!
深いところに落ちて、もう誰も周囲にいなくていいなんて言って、そうやって生きていた高耶さんを動かしたのは直江だったわけだけど。
「かつてもっていた」
まあなんつーか…、「置いてきた痛みたちへ」ってことでいいでしょうか。(聞かれても
だって高耶さんが高耶さんだった頃(つまり直江と出会う前な)、たとえばお母さんが出て行った前と後じゃ当然色も違うだろうし。公園のベンチに置き忘れたとか、葛西さんと譲んとの会話っぽいし。ああなんか置き忘れたものは譲ん(白いとき)がちゃんと拾ってあげてたのかもしんない。
大事にできなかったのは直江の方だと思う。ほらうっかり「あなたの犬です」だからね。なくしてからの悔恨は汚れた手足を洗わないんですよ?>直江
置き忘れたものを直江も違う形で拾っていって高耶さんにあげてきたとは思うけれど、やっぱり奪っちゃった印象の方が強いなw
「十八歳」
ぎゃあああああああああああああああああ!ミラージュのブラックボックス的18歳ですよ!
十八歳の早春賦でしかうかがえない貴重な高耶さんであるところの18歳です。それを題名にもってくるとか、恋していいですか(誰に
ある夜、僕は全く一人だった。
これ+18歳とか妄想しろと言わんばかりじゃないですかね?夜中にふと起きて偽りの直江に気づいてしまう高耶さん。いやもうそもそも知っていたのにあえて気づかないふりをしていただけです。夜と夜の隙間にはそんなすべてを見通してしまうような時間があって、そこにすっぽりはまってしまった高耶さんは気づいてしまうのですよ。知っていることを思い出してしまう、と。
思い出を忘れ 幼い怒りと悲しみとを 僕は苦く味わった
まあまっとうに考えてこれは親との思い出とか今までお世話になった人との思い出を忘れて、幼いとわかっていても癇癪を起こしてしまったけれど、孤独であるから一人で苦く味わった的なイメージになりました、が。
それではミラージュじゃないということでw
苦く味わって、でも手放せない自分。それでもそんな隙間さえ乗り越えればまた偽りの朝がやってくる。
夢かもしれないけど、そうでないと、あんなにギリギリな2年間を乗り切ることはできなかったと思うのです。
「天の断片」
死ぬかと思った(萌えすぎで
え…っ、阿蘇ですか?ていうかまるまる一曲謙信公のことですか?
天ってつまり謙信公のことですよね?そうだと言って!つうか今決めた!!
完全な六角の結晶はそれ自身いつくしい天の掟 天の思い
謙信公って実は結構完璧主義者ですよねーと。だって普通に考えて景虎と景勝いるんだからまあなんとかなるだろおやすみ★ってならないで、自分が最後の抑止力になるなんて。それはすごく追いつめられていたとも考えられるけど、そして今度こそ終わらせなければならないと思っていたと思うけれど、自分が息子を愛する心も捨てられなくて、自分の不安も捨てられなくて、息子のリアル父の存在に動揺した自分も許せなくてって、全部が全部自分の中にためちゃったんだと思う。…鬱病患者の典型例だね。
でも天も悲しくて苦しかったって、地にある人たちはちゃんと知ってるから大丈夫だよ。たぶん知られることすらお父さん嫌なんだろうけどさ。
「静かな雨の夜に」
完全に伊勢のあのシーンでしょ、魂核寿命延命に失敗したときのあの直江と高耶。
いつまでもこうして坐って居たい 新しい驚きと悲しみが静かに沈んでゆくのを聞きながら
いつまでもこうして坐っているわけにはいかないことを十分わかっていたのよね、二人とも。
それでも坐っていたいと彼らが願ってくれたらどんなによかったかなと思います。
絶望というのはすぐに心にショックを与えるものではないから。自分に大したことではないと言い聞かせないとやっていられないと思う。
神を信じないで神のにおいに甘えながら
直江は神なんて信じなかった。むしろ呪っていたくらい。
神というならそれはもしかして謙信公のことなのかもしれない。そうならば確かに彼らは神に甘えていた。におい、雰囲気?神が存在するということに甘えながら?
過去と未来の幻燈を浴びながら
青い海の上の柔らかなソファを信じながら
このあたり、最終巻かもしれない。直江の中って、高耶さんにとってこんな感じなんじゃないかしら。
ゆるぎない安堵に包まれているといい。過去の優しい幻燈に照らされた夢を見続けるといい。
そして なによりも
限りなく自分を愛しながら
いつまでもこうしてひっそり坐って居たい
そんなあなたを、私は抱くから
↑これは噂に名高い是の直高もとい守夜と隆成からとりましたが、そんなオチをつけたくなりました(笑)
まあ守夜はガチな意味で言ってたんですが、私のイメージではね、そしてなによりも以下は、最終巻後です。だから高耶さんは直江の中なので、物理的な意味で抱くことはできない。でも抱いてるんです、魂を込めて。
私楽譜に、「縁側でお茶を」って書いてあるんですが、まさにそう。桜散る縁側で直江が一人、ゆるく自分を抱きしめながら、高耶さんに語りかけているの。ちょっと笑顔すら浮かんでるといいな。で、そこに千秋が来るんです。立って直江を見ているといい。
高耶さんがいなくなった後の直江っていうのは、なぜだか幸せそうなイメージしか湧いてきません。たぶん彼がいなくなったことで幸せではない直江を想像すると、その絶望が頭をよぎるというか、40巻を読んだときの自分が思い返されて嫌なんじゃないかと思うのです。
もちろんあのイセの神官を考えると、私の想いは、朽ちることはなかったよ、というのは誇りでもあると思うのですが、それでももういいよ、って言いたくなるんです。ああでも高耶さんは絶対言わないと思うけど。そういうところは女王様だし。