ほぼ1年間追いかけてきた清盛が終わりました。
ここまで真剣に見た(=録画して見た)のは…新撰組…風林火山以来です。
なんでこんなに(切羽つまってまで)追いかけていたのかなと思うに、全体を流れる歴史に対する考えが、私好みだったからだと思い至りました。
平治の乱の時に、空は高く風は歌う、をイメージしていたのですが、まさにそれ。
夢は何処に眠るのだろう いつか誰もいなくなった この岸辺に寄せて返す 光の欠片になれると信じた
闇に還る想いたちが 燃え尽きてく その灯りを標に 世界はまた夢を見る
貴方が見た夢の記憶 その叫びが 優しい木霊を返しているよ
結局私はこの大河を通してこの曲を想起していたと言っても過言ではない。
清盛が見た夢は、もともとは彼だけのものではなくて、忠盛様の上昇志向で。
それだけではなく彼は彼なりの夢を見つけて(日宋貿易のあたり)。
その中でどんどん周りの人をなくしていって、それでものぼりつめていって。
それから転落して、またその理想は消えうせていくのだけれど、その理想や夢は別の形で、共有した友たちの遺児によって、次の世代に引き継がれていく。
歴史の流れがこういうものであることに、私はひどく感銘を受けます。
理想論ですけど、人と人のつながりが歴史を作るというのはこういうことなんだと。
とちょっとまともな話をしてみましたが、まあ一年間楽しませていただきましたよ!萌え的な意味で!
平氏と源氏が3代(4代?)にわたって愛憎劇を繰り広げてきたあたりとかさ!!
小さい頃に出会った姿が忘れられずにツンデレを貫く義朝ちゃんとか。受け継ぐ頼朝さんとか。
宮中の藤原家の闇を一身に背負ってなお綺麗だった頼長様とか。信西公との関係性とか。
朝廷内での平安時代とか。発端は璋子様だったのよね。。あの頃は源氏物語の世界だった。
大人たちがいなくなって、清盛の周りにはどんどん年下になっていって。そんな中での安定の上川さん主従萌え。
時忠さんのチャラさは好きでした。あれは決めてくれたね!平家にあらずんばのあたり!
それからそれから窪田君。もう本当にもう!!!今年は叔父上の自己犠牲と窪田君の絶望で全てを語れるレベル。(そこまで?)
ああそういえば頼朝ちゃんの子供時代の子も好きでした。中川君でしたね。
高倉帝もさ、ていうか以仁王も四季だったよね、舞台畑が多くて嬉しいわ。今年はジェンヌの有効活用でした。
つじもっちゃんも俳優できてよかったね!しかも大河でさ!あの子の純粋な頬笑みを生かしきったと言わざるを得ない。
そして最後に後白河さん。いやーもうね、…すごかったですね。この人。歪みなかったよ。歪みないけど最後の最後、もう遊べないっていう表情がね、あの「そなたもか」に通じててね!!!
欲を言えばりょうさんが妊娠なさらなかったら西行さんももうちょっといえなんでもありません産めよ増やせよ。
でもそれで意味不明キャラになってしまった西行さんをいっそ意味不明でいこうとしたのか知りませんけど、最後まで電波反魂キャラで面白かったっす。
群像劇という言い方もあるほどキャラがたっていて、悪く言えばキャラ的な扱いでしたが。
でもまあ彼らが生きていた時代に想いを馳せると、この世は諸行無常という思いがよぎります。
BGMも好きでした。毎年曲だけはいいよね大河ってさ。
今が大事というのは、そういう意味なんですよ。って昔直江が言ってた。
「彼らに報う手段を持っているのは、“今”を生きている人々です。我々が過去を正しく捉え、彼らを正しく理解することが、彼らに報いる最良の方法だと思います。そして、彼らの望んだ世の中を“今”に実現するよう努力すること」
「信長が残した功績はやはり認めるべきなんです。私たちが、今のこの世の中を肯定しようとするならば」
「けれどそうやって考えつめていくと、歴史に名を残す残さないにかかわらず、今のこの世界をつくるために不必要だった人間なんて、本当は一人としていなかったんじゃないか、と思えてくるんです」
私この直江の言葉好きなんだ…!(ばたばた)
本当に最初の頃の直江ってまともなことしか言ってないよね!!
だからこういう歴史の妙を好きな私が、一年間追い続けてきた大河が、今日ちゃんと終わりを迎えることが出来たことを、心から嬉しく思います(盛った)。
んーまあそりゃあ私普段からTV見ないような人間なので、これしかドラマを見ないからよかったけど、他のドラマまで見てたら一々伏線なんて覚えてられるかよってのもわかるし、友人はドラマを録画してドライヤーかけながら字幕出してながら見するとか言ってたから、そりゃあすげえ忘れるわってのもわかる。
私はミュージカル見に行って一番ふちっこの席なら観劇中にメモ取るくらいの「忘れたくない」精神があるから(友人はこれをオタクと呼ぶ)書いてきたけど。
だからってこの作品のテーマであるところの「遊びをせんとや生まれけむ」と、私がメインで感じたテーマであるところの歴史の流れが、マッチしていたとはさすがに思わない。いつかの天地人でも、「紅葉のような家臣」が最終的に表現出来ていたようには思わなかったし。
三周くらい頭の中で回転させて考えてようやく、納得のいくテーマである。あの頃のただただ中二病だった清盛よりも、これくらい夢中でめちゃくちゃしたあとにわずかな希望しか残らなくても、やっぱりやった方がよかったと、少なくとも清盛はもう一度人生を歩んだら、同じように生きてくれると思う。
大河ドラマは年によってテイストが違うけど、清盛は本当に同人的だった。萌え的な意味ではなくてだな!
私の中での歴史モノというので、同人的というのは、例えば姫神さまシリーズ。オリジナル設定と、歴史上の流れを、綺麗に混ぜた時のお話。
例えば今回の大河だって色々いろいろオリジナル設定あったけど、それをうまく流れにのせてきたなーと。(その分おろそかになった政治劇については、それが同人であるところの弱点というか特性である)非常に同人的だったなあという感想を抱きました。
ていうかさ、「原作からのちに幸せになるキャラを想像する」というラストがすでに同人だと思う。笑
いやーやっぱり最後にさ、剣を波の下で取るじゃん?最初に戻るじゃん?上でもきっと頼朝ちゃんが意志を受け継いで剣ゲットして修羅の道をゆくじゃん?波の下では清盛が取るじゃん?その対比を考えると萌えね?
誰か絵を描いてくれ!!!
ちなみに波の下の絵面を想像していた人は挙手。ノ
そのシーン見てるろ剣の志々雄様思い出した人は挙手。ノ
でもさすがに兎丸がちゃんと作って待っててくれたのはね…!!!そして重盛がね…!!!!!
それで、やはり新しいことを見るときの、古いものへの懐古にしがみつく気持ちが、私の中にもあったことは事実なんだなって…。
時々、例えばあの和歌のシーン。もうちょっとあのなんとかならんかったのかなーって思ったし。
そういう、ちくりちくりとしたものを思い出すけれど、なんかDVDを買っちゃうんじゃないかという自分が怖い。