高杉晋作の「革命日記」

高杉晋作の「革命日記」 (朝日新書)

高杉晋作の「革命日記」 (朝日新書)


一坂先生の高杉愛はとどまるところを知らない

高杉の足跡を求めて歩くとかまじうちらと同じ 聖地巡礼していらっしゃる

最初に高杉さんの人生がざっと書いてあります。
明倫館へ。大学時代にペリー来航。16歳で世子公と一緒に旅行。江戸で黒船パニック経験。19歳で松陰先生門下へ。(割と遅いねこう見ると)江戸の昌平坂で学問中に安政の大獄。萩へ帰る。22歳でマサと結婚。桜田門外。丙辰丸に乗船。①。江戸から帰る。②。明倫館復学。小姓へ。③④。長井暗殺は黙観。ヨーロッパ視察の話。上海へ。⑤.オランダ船勝手にかう。外人暗殺未遂。イギリス公使館放火。10年の暇。奇兵隊結成。先鋒隊とのトラブル。来島のじっさま説得失敗脱藩疑い野山獄。⑥。禁門。四国艦隊。俗論台頭。功山寺。イギリス。下関開港。薩長同盟。四境戦争。
こいつ元気だよなあ。

①みんなに船酔いしたと言われている原因。
最初は船初めての晋作さんが初々しいです。そのうち色んな人と出会ってます。日柳さんもちらっと出てきます。この頃から知ってた(一方的に)のね。
まあでもこの船の風に身を任せるのは彼には合わないかなあ。
②帰ってくる日記
帰ってくるのに色々ふらふらしていたはいいが松本さんから一本もとれなかったショックで日記かけなくなった子。ほんとかい。
千住まで馬を飛ばして見送りにくる桂さん本当にいいお母さんや…!
加藤先生といちゃいちゃできて楽しそうである。彼は松陰先生ともそういうことがしたかったんや。

③④割と桂さんといちゃいちゃしている
政治の世界もちらちら見つつ、桂さんに肩入れしていく感じ。
4/24-5/3と風邪っぽいんだけど記載。それは風邪なのか。一日で軽快した奥さんの方が元気だ。
6/23 上気ぎみで病がおこって瞼がはれるから血をとってもらう????瀉血??
8/20 Happy birthday to me。この頃一応誕生日という認識はあるけど、皆に祝われる日ではないわけね。
ちなみにこのころから桂さんと色々はかりごとをしていた様子であり…つまり絶対高杉さん誕生日の翌日の非番の日には祝ってもらえたよね???
9/25-10/4 かぜひいた。だいたいこのくらい風邪ひいてるよねあなた。
桂さんたちとこの頃会いまくっている。時山とか何気に親しくてびっくり。伊藤は桂の手子という扱い。村塾時代はどうしたよw
ヨーロッパ行く気満々できらきらしていてかわいい。

⑤みんな馬鹿ばっか。俺は船に強くなったぜ(つまり今までは弱かった)日記。
五代がしょっぱなから晋作さんをおとしていてすごい。五代にできないことはない。

⑥誰だよ俺の悪口言ったの!!!という感じ。極めて政治的な判断で野山獄だったと思うんだ。
というかおまえさんは誰かに京にいくことをちゃんと伝えたんかいというな。
なんかよーわからんけど中国の昔のえらい人の故事がたくさん出てきて…こいつ頭よかったんだなって…。
5/6に周布さんが抜刀して酔っぱらって晋作さんのところにきたよ事件。これなんで周布さんが罪になってるのか意味わかんないんだけど…。
牢の人が憐れんで酒くれた。ちょっとこれも意味わかんないんだけど…。

その後晋作さんが冷静に振り返ってるんだけど、「これでは来原がとまんない時はちゃんと帰ってきなさい」って言われてるのに、「よく考えたら主命まっとうしないで帰るとかありえなくね?」って考えたことによりややこしくなってんじゃない。しかも市がすすんで一緒に脱藩しているし。ちょっと待て。晋作さんは時々真面目にちょっとおかしい。