最遊記 華焔の残夢

雨だし今日はなんもない一日だしうんうんって思ってたけどそういう日に限って怒濤の萌えが出てくるときがある。
never ending worldを小耳にはさんで、うわーこのメロディ好きだわーって思ってぐぐったらセカオワだったときの気持ちがわかるか。あー私まだ中二病全然離脱できてないんだって認識しなきゃいけない!!
セカオワは中二中二って言われてて、ボーカルのフカセさんの中二語録見たら本気で中二で、え、ちょ、って思ったけど、私知ってるドラゴンナイトRPGも割と好きでしかも歌詞だよ好きなの…って思ってたところにこのNEWですよ(この略し方)。
こういう甘っちょろい戯言歌詞好きです。もうダメだ。
でこのメロディと歌詞でぼんやりやっぱり最遊外伝を考えていたわけですが。
やっぱり「なにかが終わってしまったけれど、それは同時になにかがはじまって」からの、「はじまりはいつでもこわいけれどだからこそぼくらは手をつなごう」ってのは本編烏哭編です。

でも外伝思いだすと、天ちゃんの「お待たせしました」がなんとも言えないよね。
天ちゃん曲がりなりにも最初は金蝉の古い友人として出てきただろうが!!もうちょっと気にかけてやってよね!
天ちゃんの捲簾への愛情はいつ思い返しても半端ないのに捲簾なんて天ちゃんのことも欠片も思い返さないで竜王の旦那と語りあいして自分の生きざまを見せつけてるとか、天ちゃん報われてねえなあと思います。
そんなことしているから500年後に八戒に尻に敷かれてるんだよ悟浄は。

 

昔大好きだったみさぎ聖さんの小説やっぱり好きで買いました、三回目くらいだ。
昔大好きだったものに再燃すると以前は簡単に手に入ったものがどんどん手に入らなくなってきて、ああああああ!って後悔するわけなので、やっぱり買っておこう、買い溜めしとこ、とか思うから断舎利できない。

この頃の先生の絵若いよねー。無印の頃だもんな。
最初にこの方の小説読んだときにはあまりにもツボだったのでしばらく萌え転がっていましたが、3巻目くらいになったときに、「あれ、三蔵と悟空ってこんなにつんけんしてたっけ?」ってしばらく首ひねりました。
今となっては別にこんなもんだろうと思ってたんですけど、あの頃はブロマンスとホモの区別がついていない中二だったので、なんかこう、もうちょっと三蔵って悟空にべた甘と思ってたんですよね。
読み返してみると十分に甘いわ。

あの頃はごじょはちにもなーーーーんにも萌えなかったので。。。ええ。
今は萌えぽいんつに萌えれるくらいには成長した。でもやっぱり推しではないそれだけだ。
「僕たち72歳ですね」にそれほど萌えんかったからな。

うまれてすぐに河に流された三蔵。それで光明に出会えてるわけで、その後の人生を考えると、別に幸福とか不幸とかじゃなくて、それが人生であっただけだから、三蔵において流されたことに対するこだわりとか本当の親とかあんまり興味ないんじゃないかなあ。と。
とか言ってラストに本編で三蔵が親のところに行ってみるとか言い出したらどうしよう。
身分違い&年齢違いの末に流された子だったことが今更判明したわけですけどだからなんだよ感しかない。光明が「自ら死亡」って言ってたときの方が三蔵様パニックおこしてたもんな。その後の恐怖だ、からの「やめろ」が一番だったけどな。
そういうわけで悟空は多少こだわったかもしれないところですけど当の三蔵様は屁とも思っていない可能性がありますね。可能性どころじゃない、現実だ。

映画もそうじゃなかった?
泣くな。
どれだけ泣いても俺はお前を殺す。
実際三蔵にとっての金山寺って輝いてるから。六道以外に道雁みたいなやついてほしくないね。
三蔵には光明の死の謎と経文という重荷がずっとあるんだから、思い出を殺すような真似をもうさせないでほしい。
その答えを、俺も今探しているところだ。

悟浄とか今更禁忌の子供の話されてもあーそーですかってなもんでしょう。
それより彼はどう考えてもお兄ちゃんの死が引き金で暴走するような気がするから大事なのはそっちだね。
成長したなあ悟浄。
桃源郷での禁忌がその程度であることが異常でもある気がする。妖怪と人間がまぐわっちゃうことくらいあるんじゃないか普通に。共存してたら。ハーフの子だってナチュラルに存在するぞ。それが「禁忌」になる、誰が「禁忌」にしたんだろう?
禁忌になるくらいなら最初から共存させなきゃよかったの。
生殖能力がないくらいで禁忌になるの?それはダメなことなの?不完全ってことなのか、人間とも妖怪ともつかないからかしら。

暗示にかけられた悟空が大事にされることに強烈な違和感を覚えているところにクッソ笑う。