真田丸 受難

今の時期にこのドラマのこの秀次様見るの辛い。自分とシンクロしてしまって辛いと言うか物語として見れない。はーつらい。

大きな背中抱きしめつぶやいた 私がいるよ
なのになぜ隣にあなたはいない 抱きしめたぬくもりはまだこの手の中に 
君ノ記憶が秀次様過ぎて。

「生まれ変われるなら、もう二度と叔父上の甥にはなりたくない
←自分も自分の器量以上のことを期待されると鬱になって、はーみんなこの世から消えたら私なにしてもいいのに、とか思うから秀次さん笑えないし泣けない。
この構図清盛のときもあったよね。みんな期待に応えられなくて聖母の顔して死んでくのよ。
期待にこたえられない自分もふがいないし、やってみなければわからなくても、そこにいたるまでの道のりがとっても長くてつらいことをわかっている状態で頑張り続けるには、聖母マリアの励ましがないと無理だよねわかる。
自分によくしてくれてる人のこと信じられるけど、自分が求める愛には届かない。望む愛には届かなくて期待についていけないから。
キリストを殺したのはキリストが救ってきた民衆だけど、キリストはずっと父なる神が見捨てたって思ってた。
…で、秀次さまは3日後に復活されますか?7日後?

戦国にキリスト教が宗教として受け入れられたのは、現実が辛すぎて来世にかけるぜ的な本願寺イメージ強いけど、秀次様は来世すら断ってしまったのよね。逃げて逃げてこの世からも逃げたわけだけど自殺したら天国にもいけないじゃない。
彼は彼岸も見えてたけど結局現実主義者だし、自分がいなくなったら妻たちがどうなるかもわかってて逃げたエゴイストなところもあるじゃない。前に息子が死んでほっとしちゃったってやつのように。
もっと愚かであればよかったのに。もっと強ければよかったのに。
でもね、優しすぎたんだね。そうやって市松が言ってくれた。
いろんなことがわかります☆とか言ってた頃からすると滅茶苦茶成長したよね。関白よくやってたよね。ねえ市松。

秀吉が怖いってのは、養子先での「必要でないなら捨てられる」っていう心にも通じて、「殺される」とおびえていたのは、必要とされなくなることがアイデンティティの崩壊にもなってどうしても耐えられなかったのかもしれない。
最初には母とも慕うねねさまにお土産渡すために秀吉がいる会議に思いっきり遅刻してきた挙句、いろんなことがわかります☆とか適当極まりない返事をした秀次様だけど、人質時代を経てきたから女性にはこうやって媚び売って聞かれたことにはとにかく返事をしておくという処世術としか思えない。
だってもとは百姓の自分で、秀吉の気分次第で振り回されてきた秀次様には色んなストレスがあるのよくわかるし、自分のたけにあってないこともなんとかやっていかなきゃいけないのに、もう要らないなんて言われたら行き場所なんてないよ。
よく考えたら関白までやった男が「もう戻りたくない><;」とかイヤイヤしている時点でだいぶ精神崩壊しているぞこいつって思うだろうに、それでも笑おうとか人に気を遣おうとかしているあたりで、習い性になってしまっている笑顔がつらい。

これ人事異動で一年ごとに新しい環境に入っていかなきゃいけない会社と一緒じゃん…それで社長の身内だからって目で見られてどうせ出て行くんだろうって友達もできないのに、突如として社長の息子が入ってきてさあ・・・・つらい


きりちゃんはとっても気にしないで色々言えたけど、それは秀次、として見ているからで、それは自分の環境が地獄である秀次様にとっては救いだったけど、だからこそ環境の一部である側室にしてはいけなかったと思う。
だってあのきりちゃんの叱咤は確実に子供に対するものでしたからね。信繁はいかに貴重な女性に慕われているかもうちょっと自覚してほしい。

女性がみんな秀次さんに優しいかと思ったらねねさまが滅茶苦茶シビアでした。
ひとには分不相応なことがあるからあの子には関白なんて無理でしょとか男の矜持をへし折っていく!
そのねねさんと茶々様の「てーか拾の後見してもらわなきゃじゃん?」っていうのを素直に「うん」って聞く殿下可愛い。 

お兄ちゃんの愚痴タイムがシリアル過ぎて笑ってしまった。
「私の声だけ何故か聞こえぬ祖母」この間聞こえてたんですかとか言ってたじゃん!まだお兄ちゃん根に持ってたんかい!!!
病がちなのかどうかよくわからぬ最初の妻」あっやっぱりそれ思ってたよね…おこうちゃんのキャラ変には目を見張るばかりですが。でもおこうちゃんのこと好きじゃん。
「決して心を開かぬ2度目の妻」稲ちゃんツンデレにもほどがあるというか、年月経てまだこんなどうでもいい情報の伝え方してたんかい。豊臣に仕えてからの手紙が全部三成さんに吸収されたようにたぶんどっかの忍びに全部破棄されてたよ。
「あまりに恐ろしすぎる舅」その舅滅茶苦茶あんたのこと愛しているよ!!!!
その後に「源次郎きますんで」って言って秀次様に「え、連絡とってるの?」って疑われたら「とってないけどわかります。弟だもの」ってかえしたお兄ちゃん眩しい。信頼関係美しい。
もう誰も信じられなくなった秀次様でさえその信頼関係を信用できたし、だからこそ「あれは私の関白としての数少ない仕事なのだ」って言って元気づけたんですよ。秀次様こそ聖母マリアですよ。
受難ってそういう意味もあるかな。源三郎の心を救って背負って旅立ってしまうキリスト的な。
こうして思うとあらゆる不幸を背負い我慢しているお兄ちゃんなんで死なないで生きていられるのかなあって思った。
母上と弟の愛がものすごくしっかりしているからか、嫡男の意地がものすごく強いのか、心が滅茶苦茶強いのか。

人を信じられなくなってしまったほどに生きて行くことが辛くなってしまったなら、やっぱり行き場所はそこしかなかっただろうし、市松がきたことをやはり不幸でしかとらえられなかった。
じゃあどうして市松を待てなかったのかしら。信じていた人に裏切られる未来も怖かったのかもしれない。だからこそ逃げてしまったのかもしれない。
あとは市松を疑ってしまった、信じられなくなっている自分を、もう市松の前には見せたくないと思ってしまったのかもしれない。

福島殿の孫七郎を「あいつ優しすぎるでいかんのだわ」という名古屋弁丸出しにして評したのが貴いので、現実逃避のために市松がすんでで止めに入ってからの軽率な孫七郎生存ルートを妄想しますね


その他
「刑部はわしが心底頼みとする家臣」そうだったのか…あの書庫の妖精純真培養ブラック刑部様が…。
そしてその刑部様の娘を奥さんにしますね、なんて策の一環で振り回して行く主人公。
春ちゃんそんなついでで嫁にされたとは思っていまい。
きりちゃんへの「泣いてるところ追い打ちかけるようですまないが」って発言、確実にきりちゃんがまだ源次郎のことを好きって疑いもないから出てくる台詞ですよ。意味がわからない。
だってきりちゃん今仲良かった関白様が死んで泣いてるんだよ?形見の品を届けにきた幼馴染みなんだよ?せめて胸でも貸したらどうだとか思ってるレベルだよ?ねねさまだって茶々様にしたよ?
それが、何が、「追い打ちをかける」、だ!!!!!
きりちゃんも「なんなのよー!!!」で済ませていられるところじゃない。

秀忠様出現。まったくキャラがわからないけど腰が低すぎる。あとあの家康殿も自分の子供のことは上手く扱えないらしい。



うつ病患者に一番させてはいけないこと=熱血男に指導させること
こ!れ!な!!!って思いました。
福島様より加藤様より一番脳筋なのは宇喜多様に見えるこの不思議。
なぜそれで能をやろうとした。

関白が自分の意思を通そうとしたいいシーンで涙ぐみましたがなぜこれで自殺した
やはりあれか、三津谷くんの死の塩対応が駄目だったか
それとも小早川の件か、つうか養子だったのか、知りませんでした。
まあでもすべてはたかちゃんの「父は振れ幅の大きいひとですから」に集約されている気がする。

いやー怒っとったなあっていうパパの気楽さいい。