くれなゐの紐

須賀さんドイツ書いているときも生き生きとしていて、運命にあらがう女性書いているときや、お馬鹿な軍隊モノ書いている時も生き生きとしていたけど、こういう「どうしようもなく無力な女性たち」を書いても輝くんやな。

仙太郎が女性として生きていた時に、ハルは男として生きていた。この逆転現象がね。

どっちも目的を持っていたからそんなにブレなかったあたりがすごい。

仙太郎は女性になってハルを探していただけだし、そのためだけに操と付き合っていたわけだから、さらっと去ろうとしていくけど、あやちゃん含め、絹さんもそう、そういう場所でそうとしかもう生きることが出来ない女性を、放っておけないのも、それは仙太郎の精神だよね。

福井ってこれからどうなっていくのか私には知りませんけど、仙太郎はちゃんと9月1日に、夏休みの終わりに、帰ったのかな。そう思いたい。

ハルさんも日本を出ることができたのかな。出たら出たで要するに紺碧になるわけだから結構地獄な気もするけどハルさんならやっていけるよ姑息に。

そして最初あんなに芯をもってしっかりしていそうに見えた操さんが結局は「女」であったところが。

倫子さんは逆に女性であるからこその強さを最後の最後でみせてきました。

やっぱりさあ、男親と長男とかの乗り越える時期が反抗期って言われてるのはよくわかるんだけど、ハルの言う通り、女親と娘も反発する時期があると思うのよね。ソースは私。

恩田陸の小説で、女は若い娘の持つ未来に嫉妬するのだ、っていう文章あったけどそれすっごくわかります。

自分の未来、若い時には当たり前のように持っていたものを、どんどん喪っていく姿を目の前で見続ける、しかもそれが自分に似ていることに女性が耐えられると思えない。

だから女性は嫁ぎ先の親の世話してたほうがまだいいよ、これ自分の親じゃないからねって思えるくらいの距離がいい。

そういうのを思うと、一番美しい時期に死にたいよねわかる絹さん。

そしてハルさんは「人の海の中に景気よく」飛び降りたんだ。

これって第二世代まっさかりの時期だよねえ。