邪宗門秘曲

私は思う、以下に並べるものを、末世キリスト教の神でうすの魔法であると。

黒船の船長を、オランダという不思議な国を、色赤き硝子を、香り強いカーネーションを、インドのサントメ産の布を、蒸留酒、赤ぶどう酒を。

目青きカトリックのドミニカ派の僧侶は祈祷文を読み、夢にまで語る。禁制の宗派の神を、血に染まる十字架を。

芥子つぶをリンゴのように見るという顕微鏡、天国の空ものぞける望遠鏡を。

家は石でつくり、大理石のパラフィンは、ぎやまんの壺に入れられて、夜となると灯をともすそうだ。あの美しい電気仕掛けの夢(映画?)はびろうどの香りにまじり、珍しい月の世界の鳥や獣を映すらしい。

化粧品は毒草の花よりしぼり、油絵で描くというマリアの像よ。ラテン語ポルトガル語のなどの横書きで、万年筆で書いた青色の文字は、美しく、しかし悲しい歓楽の響きに似ている。

さあ、ならば私たちに与えたまえ、幻惑の神父よ。命を縮め磔に死すとも惜しくない。願っているのは極秘、あの神秘的な赤色の夢。イエスとマリアよ、今日を、祈りに身も心もくゆりこがれる。

 

全文:http://www.aozora.gr.jp/cards/000106/files/4850_13918.html

昔は教科書に載っていたりしたようですね。詩はまどみちおさんや谷川俊太郎さんや工藤直子さんや…そういった方の詩がよく載っていたように思いますが、この詩も載せてほしかったなあと(とはいえ理解できるかどうかは謎)。詩をひとつ覚えてきて発表という授業形式で、なんでこんなことさせるんだろうと思ったものの、今になって、詩のリズムを体感させたかったのかということに思い当りました。

 

つらつらと白秋が並べる南蛮の新しいもの。それらのためには、たとえ命がなくなろうとも惜しくはない。それほどまでに欲しているのだ。という詩の内容です。

それは、キリシタンの信仰心を書いているし、白秋自身の美への考え方でもあったろうし、西洋というものに対する憧れもあるだろうし、さらに言うなれば自身を近代文学における“邪宗の徒”という位置づけにおいたときの『耽美主義』というものを象徴的にあらわした作品でもあるし、また白秋の決意でもあると思います。マイノリティにどうしても魅かれてしまう、その信仰ともいえる執着。

 

my解釈であるが。

末世…黒船の来た、日本の鎖国の末世ということか。単に19世紀の末世ということか(西洋歴の導入?)。

魔法…文字までの並べてあるものすべてが、でうすの魔法である、と思う。本当にあるものだとは思えない。

黒船の~ぶどう酒を。…ペリーを考えると、アメリカだよねと思わないでもないが(なんでオランダなんだろう…?鎖国時代に仲良かったのはオランダだけど…?)。ペリーがたとえば飲んでいた酒、その器が硝子で、部屋に飾られていたのはカーネーションで、かけてあるのはインド産の布。

美しい電気仕掛けの夢…映画?これはなんのことだか?この時代にあったのかなあ。そんなものが。ただの電気のことか?

願うは極秘…願っているのが(禁制のものだから)極秘なのか?自分をキリシタンにたとえているのか、でも黒船以下の時代なら極秘にすることもないわけで、そのあたりの時系列が一緒になってるからちょっと混乱。

今日を…これあってるのかなー?今日も一日、こがれて過ごしたぜってこと?

 

九州はどうしてそういうイメージがあるんだろう。日本土着の地という(薩摩隼人とか)イメージもあるけれども、長崎は鎖国時代の唯一の海外との窓口だし、鹿児島は薩摩(琉球との貿易)だし、熊本は宗麟公だし。中央と近くない地理関係上、だからこそ、いろいろな文化が根付いたはずで、いわば、日本と外国のまじった場所な気はするのだ。たとえば横浜。こう…明るくて、夜は、深い深い闇がある。

開国してからの日本は、たとえば不平等条約に苦しめられた時代でもある。白秋はそこを生きてきた人だから、きっと知っているだろう。たとえばアヘン。イギリスからもちこまれて眠れる獅子と呼ばれた清国を弱体化した象徴。決して、美しくて便利なものだけの世界ではないことを知っている。

それでも。それでもくゆりこがれる。

 

全体のイメージは、赤。まず赤がある。「紅」毛の不可思議国。色「赤」きびいどろ。匂鋭きあんじやべいいる(カーネーションは紅色なイメージ)。珍タの酒(=赤ぶどう酒)。「血」に染む聖磔。「林檎」のごとく。「血」の磔脊。かの奇しき「紅」の夢。

 

次の青。見目「青」きドミニカびと。日本人は目も髪も黒だから、青というのは一つ、大きな違いだろう。ビスクドールのように思うか、異質なものを畏怖するか。畏怖した先に魅かれるか。その先がなにであろうと。横つづり「青」なる仮名。日本の文字は墨の黒が基本だった。

 

はた。

しゃらん、となり続ける廊下の先にある、赤い部屋。どこか頭を狂わせる香を焚いて、その中央に座す楼の主。

はた。

吉原の、島原の。娼館の、会うだけでも身代がつぶれると噂のひとを、一目見たいと追う男。

 

解釈:http://www.bekkoame.ne.jp/~n-iyanag/articles/orientalism/page2.html

読書リスト

邪宗門

高橋和巳

邪宗門の惨劇

吉村達也 角川文庫