400回目の公演だったそうです。M!を観に大阪に行ってきました。
最後のカテコ。井上君が「(僕はダブルキャストなんで出てないですけど)400回出たという方は一歩前に」と言うのにまあ400回の人に限ってあんまり動かないよねw井上君が頑張って前に出してました由美子さんを。
「スタッフさんでも400回全てかかわられた方がいらっしゃいます。その方にも拍手を!」
井上君の、スタッフさんやオケの人へのこういう気遣いがちゃんと出来るところがいいです。
まずは祐さん挨拶。「本当に、本当に、ありがとうございました!」
続いてパパ、と言われ、いっちーは「本当に、本当に、本当に、本当にありがとうございました!」(この後輩からかってる感じ和む)で井上君に「真似しないで」ってつっこまれるw
「後輩の祐一郎の顔見たさに通っていましたら400回になりました。祐一郎ありがとう」
「こんな優しい先輩に、台本に書かれているとはいえ無礼をして本当にすみませんでした!」
四季OB先輩後輩関係燃え、と思ったのは私だけですか…!
いっちー「まだ若干、若干空席があるようですので、宣伝よろしく!」
で最後のカテコ。皆に手を振った後、「僕は219回でした。中途半端!!亜美は?」「23回」「中途半端!!」って。テンション高いな井上君!ただのヴォルフがおるわ。亜美ちゃんを最後おんぶして、「さよなら、気をつけて、さよなら!」って言ってくれたのも好きです。気をつけてって、普通演じ終わって出てくる言葉じゃないよ。すっげえ。
亜美アマデは目力がすごいという噂を聞いていたのでそこらへんをガン見していました。(隣の方は祐さんが出てくるたびにオペラグラスだった)
ていうか結局アマデって?っていうのはずーっと私の中にある問いです。才能の化身っていうだけじゃなくて。
アマデはコンスが嫌い。これ、なんでかな。インスピレーションを与えることが出来ない存在だから?それともコンスといることによって才能がそがれるから?才能よりも大事なものがヴォルフに出来てしまうから?
アマデは夫人が好き。後にパパの死による狂乱を夫人の幻影を導くことで救うシーンがあるわけですが、夫人が好きなのか、ウィーンという才能が花開く場所が好きなのか、独り立ちするという考えが好きなのか、もっと自由になれよってことなのか。
「行こう、おまえ」っていう、その「おまえ」って言い方がなんかやばい。おまえ…この信頼しきった言い方がなんかやばい!ヴォルフにとってのアマデはいつも一緒にいる存在というか、一緒にいすぎているというか。裏切られることを微塵も想像していないというか。アマデに背かれてびっくりみたいな。ああああああ!精神的にはアマデ×ヴォルフですよ。肉体的には逆なのに、みたいな!(なんだそれ)
だってヴォルフとアマデってよりそってるというか一緒に遊んでるというか。まあヴォルフがアマデのヒモっていうか…。いやでも両方子供なんだよなー。
でもやっぱりヴォルフが悪いんじゃね?
今回、自分の影から自由になりたい♪っていうのの、影っていうの、普通にアマデって思ってたんですが、何故かあの影=今まで自分に関わってきたすべての人って思えていました。そこにアマデは入らないような。アレ?でもその前に猊下から自由になってるんだからなー。
私M!って、「僕が大事なの、僕の才能が大事なの?」っていうヴォルフと、「あたしと仕事とどっちが大事なの?」っていう周囲とのすれ違いって思ってたんですが、うーん????
でもアマデに「おまえが悪い!」って言うところとか。悪魔め、みたいな。
そしてレクイエムを書いてって言ってきたのはパパだったの?あれは誰?「自分の力で書け」って言われて書けなくて、ヴォルフの血はアマデがもう使ってしまって残ってるのは心臓だけ、レクイエムをアマデが書いたらヴォルフは死んでしまう、それはアマデの死でもある、ことを、アマデは受け入れている。それをヴォルフは受け入れる。だからこその僕こそミュージックなわけだし。
ってことはありのままの僕を愛してほしいって思って、僕は音楽なんだから、結局賛辞は全部僕のもので、僕は愛されていたってことになりはしないかい?
それで終わったならともかく、そのあとにもっかい影を逃れてがくるのがやっぱりよくわからん。(ほらここでこの曲もってきたからもう井上君声出てないじゃないの!)ここで皆はヴォルフのこと見てるのよね、一幕ではアマでを見てたけど。じゃあ影って、ヴォルフが叫ぶ影ってなんだ?「皆、あなたを愛していたのよ」ってことなのかしら?うーん。。。。
あと、最後にセシリアが来た意味もよくわからん。ナンネールも。才能の箱を観たことで、ナンネールは救われるのかしら。救われないと思うの。それはヴォルフのためであるだけだよ。セシリアが来たのはコンスのせいだとしたら、…コンスに対する愛情が粉々になっていくわ。
ただね、ウェーバー一家って仲いいと思うの。コンスも含めてね。だからコンスがお金という価値でセシリアに告げたならそれはそれで納得するような。
コンスから「愛してる」「あんたはすごい」って言われたから、「このままの僕を愛してくれた」からヴォルフはコンスを好きになったわけで、好意を持ったから困ってたら助けるし、ヴォルフはたぶん本当に純粋なだけっていうのはわかる。でもそれは自己愛なんじゃないかという。
まあでもコンスかわゆいよコンス。ソロも怒鳴ってばっかじゃなかったし。やっぱり数を重ねると違うな。
絶叫で声が擦れたりしたけど、それがわざとなのかわからんくらい。私は好きです。最後とかもう泣き演技よかったー。
あ、コンスが「愛は見せかけね!」って言った後に、「とにかく!今は魔笛を仕上げないと!」ってヴォルフが絶叫していて、涙ながらに近かったけど、それよかった!なんか昔あっきーに結構さらっと言われて、えーちょwみたいな気分になったので。
でもそこはどうしてそんなに必死だったのかな。仕上げたい、そんな才能が今あふれようとしてるのに、逃せないんだ僕は、ってことなのかしら。
コンスとヴォルフが戯れてる時とか、アマデ様がみてるって感じでした。なんだこの三角関係。
彼と彼女には「誇り高い」がキーワードだったと思うのだけれど、とりあえずコンスはよくも悪くも誇り高くはなかったんじゃないかと。一方ヴォルフはどうしても誇り高かった。どうしようもなく。
コンスは結局彼の才能に負けてしまった。彼女はいい妻でもいられなかった。(客観的に観ていい妻ではないような。)
皆そうだけど、愛していればわかりあえるって思ったことが不幸だと思う。どうしてわかってくれないのって、その発想からくると思うの。わかってくれないなら愛がないんだねって思っちゃう対偶。そうじゃない。愛していたってわかりあえないんだよって。
井上君はそういえば山崎君と並ぶとまさに奔放攻め(山崎君は純粋受け)に見えるという、どこの鬼●眼鏡といつも思っていましたが(おい)、奔放で、かつ無邪気攻めだった。エネルギッシュ。あっきーと違って顔芸がそんなにないw分、精神の不安定さを演技で出した、ような。
でも最後とかちょっと声が苦しそうで怖かった。M!は皆熱血さんで声を張ってくるのでなんつーか最後は疲れてしまうのです。
そして皆で歌うところ、特にばらばらに歌われると、もうそれぞれ何歌ってるか伝わってこない。誰を聞いたらいいのか、どういう感情なのか。面倒で最後は流し聞きしてました。
でも井上君の最後のあたりの低音とか、一瞬四季の先輩後輩かと思ったくらい素敵だった!成長した!!つまり彼は低音の男なのだな!深みが素敵でした。
んで一番注目してたのは香寿男爵夫人。たーたんは個人的にはどうも音程があやしい気がしていたし、あの「星から降る金」の絶対音違うと思うんだよねー。。すごく好きなナンバーなのに、それが気になって気になって。。
「よ」ーぞーらーのー♪の、よ、が。たつきさんはともかく涼風さんは音合ってた(というか違和感なかった)ので、そっちのチケとればよかったかなーと思ったりもしました。
でも涼風さんの迫力は合ってるけど、王様は息子を愛していた♪とかすっごい好きだけど、イメージ的に雄々しいんだ。だからたーたんに母性を求めてしまってそっちになりました。。
二人のduetを聞いてると、音程によって聴こえる声が違って(たぶん得意な音域とかそういう)、あれだけ発声の似ている二人なのに不思議なもんだなと思いました。
事前にこんなことを思ってたわけですが、いやいやいやいや!!私は土下座して撤回しますよ!
たーたん神!!
時が流れて残るものは目に見えないものだけ♪のところのナチュラルさとか。ここでまずわしづかみにされました。
越え「て」のe母音が微妙だった以外は最初は優しくて、力づけるようで、最後になると背中を押す男前さまで。大好きになりました。
シカ様な吉野ちゃんは相変わらず吉野ちゃんでしたが、うーんさすがの安定感。ご存じか↑
でも今回あんまり吉野ちゃんは見れていないのです。というのも、彼が出ているとたいていバックが一緒だから。
龍頑張ってたよ龍。
龍しか観てなかったよむしろ!なんかさ、ザルツに戻ってきたヴォルフを笑っているシーン(シカ様の初登場シーン)で龍がヴォルフ役やってて、そこのヴォルフが来てキレて喧嘩になるんだけど。
井上君と龍が戯れてるとかまじうらやまなんですけどおおおおおお!!!(誰に言ってるの)たぎった!あれはたぎったよ!龍頑張ってる!!
パパはもうね…!包み込む愛だったよ!声がね、愛してた。まじヴォルフのこと愛してた。
ていうかヴォルフもパパのことは本当に愛してたのに。ファザコンにも程がある。パパに認めてほしくて頑張ってるのに。そりゃちょっと(下半身の)理性がアレだけどさ…!
反抗期なヴォルフは可愛いです。パパによくペシペシされてたけどあれまじ萌える。つうか怒られてしょんぼりするヴォルフは既に受けくさい。
猊下はもう一人のパパみたいな。包み込む愛ではないけれど、ヴォルフに、世界は自分だけのものではないということを教えてくれたというか。手の中にいてほしいんだろうなあ。
猊下はたぶんすごく勉強熱心というか、神の摂理に対しての理論構築を神への愛がゆえに行ったんじゃないかって思うのです。だからその理論を破壊する存在であるヴォルフは許せない。でもその才能を理解してしまうがために彼は苦しんだんじゃないかと。(まあでも確かにザルツは退屈だよねw)もともと神の理論の構築から音楽のハーモニーがどうのって話だったと思うので(宗教曲とか特に)、下剋上された気分というか。(そうするとアマデは大衆音楽を作ることはよかったのか?)
世界は彼を愛していると、そう思わせたパパは育て方を間違えたとは思うけど、全力で彼を守ってたんだなって思う。だからこそ、そうじゃないんだおごり高ぶるなって成長してから言ってもヴォルフは理解出来なかったんだろうけど。
猊下とヴォルフはお互い大事なものが相いれなかっただけで、性格は似てると思います。
でも猊下からヴォルフへの愛を感じる!ってシーンはそんなになかった。かつらにも何もしなかったし?
しかし「わたしのために!」って言われるとなんかファントム思いだしますね。
ナンネールもお疲れ?いや基本的に熱血さんたちなので時々はらはらしますよ。もうちょっと人生シカ様みたいに生きようぜw
プリ「ン」スは♪っての。ンがね、ナチュラルに歌ってほしいです。途切れさせたようなんじゃなく。音を探すよりもここはすべらかに。
ヴォルフ人形はいつ観ても怖い。人生返してよって歌わせてしまうヴォルフはやっぱり悪い男よ。
でもヴォルフは愛だけはあったんだ…!思いやりがなかったけどな!
ナンネールは家族を愛していて、だから壊したヴォルフが許せないけど、ヴォルフもやっぱり家族だから、っていうものすごい板挟みだったと思う。才能を観て、彼女が幸せになれるとも救われるとも思わないけど。
その他、「あー行く行く!」「なにがあー行く行く!だ」ってやりとりとか。「そうか目を閉じればいいのだ」とか風車をくわえさせたりなどなど、アルコ伯爵もお疲れ様でした。