砂の城

砂の城 1 (集英社文庫(コミック版))

砂の城 1 (集英社文庫(コミック版))

 

 ナタリーってのは一つ物事がうまくいってても次の瞬間悪夢が襲ってくるような人ですね。「人生って砂の城のようなものかもしれないわね」ですから。そうですね、そうやって年とっていくんですよ。エースをねらえを読んだ後だとテンションの差にドン引きます。

「今日からフランシスよ」はないよ、ナタリー…。名前奪うなし。

 

エレーヌの人間っぷりにこっちがびっくりです。というか周りがうつの塊だったからか。

「患者の特徴はね、人のことなどどーでもいいすばらしく身勝手な頭を持ってることなの」ミッシェルストレートに言いすぎや。

それでもミッシェルは素晴らしい人ですよ。エレーヌのことだって、最初はまた愛に狂った患者が増えるくらいの勢いだったのに(いやちょっとは惚れてたと思うけどさあ)。見てる方だって結構きついのはわかったことです。それでもその道を選んだんじゃーん、と言いたい。

 

エドウィンを見てユーリを思い出したのは…絵のせいか?ついでにフェラン見てオスカーを思い出す。この頃のパブリックスクールではこういうキャラ設定が流行ってたんでしょうか。パブリックスクールといえば、フランシスドベルジュという名にこっそり吹いたのは私です。

フェランの両親もこれまたすごい。でも、自殺しちゃった父の気持ちはわかる気がする。誇り高い彼女に涙を流させてしまった後悔と、知らなかったということへの懺悔?と、で、なんとなくだけど愛しちゃったんだろうなあ。そういう性格は嫌いではないけど、その渦中にあったらたまらんです。

 

女性としてのナタリーは美しくて嫌いじゃないけれど、一番人間的に等身大で素敵だと思うのはエレーヌですね。

これがわたしの人生だと自分の顔を誇らしげに見せることができる女でありたいわ

で、将来こういう女性になりたいのはマダム・シフォンヌ。

 

ジェフ・ハワードのような男がまわりにはたくさんいます。子供みたいなところが可愛い人。そうか、なくして怖いものがない女なら分がいいのか。

さようならアメリカ わたしの異邦人― 

ああいう恋なら大人で素敵で、ちょっと余韻も残って最高じゃないですか。まあ現実は違うけどな。

 

だれでもいい、ナタリーを救ってくれる奴なら

ラブが高じてもはやアガペーになってしまったレベルの編集長が愛しいです。

そういえばもう一人のアガペーであるところのフェラン。彼の恋の終わりもきれいなものだったな。

 

本当にきつかったときに傍にいてくれたのは…ってどっかで聞いたな。あ、思いだしたユーリとヴォルフとコンラートだ。

うううん確かに私もそう考えるとミルフィの立場に同情してしまうわ。なんでだ、ヴォルフには心から同情できたのに。やっぱりわがままプーはどんどんしっかりしてったのにミルフィはただのわがままちゃんだからでしょうか。

 

うーんどうなのかなあ。ナタリーはもしかしたら夢想の世界で生きていた方がよかったのかもしれない。そもそも辛いことがなかったらミルフィのように生きられた人なのだから、その頃を返してもらってたら幸せなんじゃないかと。幸せが信じられなくて神経の置きどころを探していたなら、もう何も知らない子供の頃に返った方がいいんじゃないか。子供っていうかマリア様みたい。

ん?それどこかで…そうか20巻までの高耶さん。…なんかもう死にたくなってきた。

なんで最後ナタリーは死んじゃったのかしら。。ええもう殺すことなかったんじゃないですか。というか肺炎であっけなくないですか。えええミッシェル頑張ったのに熱も下がったのになんで。