課外授業のその後で

頑張れティルト。実はサラ以上にキレた人間であるような気がしてならない、そんなティルティスが結構私は好きです。

「私はすでにここにいる。ティルト」

ティルティスはサラのことが好きだったのかしら。。そうは思えない私が不感症なのかしら?

「<慇懃無礼カウンター>は健在だったか」

というか結局のところ、おまえさんがこの学園に追い込まれたのもその性格が原因なんじゃないですか。

「現状をみきわね、眼をそらすな―とね」

締め切り前の作者様に言ってやりたい(こら

 

この巻は楽園の中で最高にギャグがさえていると思いました。

最初っから天才。

 

華麗なるおまえのヒダヒダは さながら淑女の扇のように

かたときもやすむことなく

水の宮殿をさまよう

 

嗚呼 それはなんという光景

おまえは私を魅了する

おまえの愛くるしい仕種は 私の胸を熱くする

 

勤勉なる水の妖精よ

おまえはなにを求めているのか

たとえば この世の“無垢”を形にしたなら

まさしくそれはおまえのすがたになるだろう

 

(改ページ)←これもわざとなのかしら。見事な収まり具合。

 

ゾウリムシ ゾウリムシ

なぜにおまえはゾウリムシなのだ?

 

そんなこと聞かれたってゾウリムシだって困ろうというものだよ。

 

「“ゾウリムシにささげる十四行詩”だ」

「微生物はうつくしい。この繊毛といい、半透明な繊細なからだといい、思わず抱きしめてほおずりしたくなる」

「それってぜったい無理だと思うーっ」

「そう。この想いは永遠にかなわないだろう」

かなったらコワイよう、とマリアは心のなかでつこんだ。

手元の手帳に『わが究極のイデア』と書き足して、

「これに“ミドリ藻の哀歌”と“ミジンコの円舞”をくわえて微生物三部作にする予定だ」

ミドリ藻のエレジーはともかく、ミジンコのワルツはなんとなくわからんでもない。でもミジンコはどっちかというと盆踊りじゃねえ?と思う。

 

「あなたは大丈夫。大丈夫ですよ」

サラには父が目の前で父が殺されて、孤児院に入れられて、養父母に引き取られるまでの記憶がない。誰かに攫われて、閉じ込められて痛めつけられて、首を絞められて、そして自分なんか壊れてしまえと願って、多重人格が生まれた。

「あのなかの、いったいだれが、だまっておとなしく不幸に巻き込まれるっていうんです?」

え、ファリスとか絶対巻き込まれるって…。

でもそんな楽園が(胸郭の奥が熱い)とサラが感じることが出来るならそれでいいんじゃないかしら。

 

(ケンカと編み物は―立ちあがりが勝負だ)

愛情の方向性がよくわからん…喧嘩というか護身術だろう。立ちあがりもくそもあるのか。あ、もしかして最初がキモって意味じゃなくて、立ちあがるその瞬間って意味ですか?ならわからんでもない。

 

エイザードは妹のことといい女性アレルギーといい、女性がキーワードですよねえ。一応最終巻まで読んだくせに、あの白い手の持ち主が妹だったような気がしないでもない。忘れ去っている。。。「無軌道な女遊びはやめたんです」とかいう台詞だけしか覚えてない。

 

迷える人間にはなにが必要か?

それは、他人から「こうだ!」と断言されることである。重要なのはその強さで、内容の正しさはこの際まったくぜんぜん関係ないのだ。

緻密な計算と、ザルのように大雑把な思い切りのよさが、サラの持ち味であった。“楽園”の友ダナティア・アリール・アンクルージュはこれを評してずばり「詐欺師」という。

詐欺師でもなんでもいいけれど、とりあえず可哀想なので「計らせてくれたまえ」はない。ないよサラ…。純情な青少年の心を弄びすぎです。

「クズだとよばれつづけたいか」

これで彼らが開き直ったらどうするつもりなんだろうサラ。そうじゃないと知っていたからこう言ったのだろうけど。

「私はとても怒っているからだ。限界だ。あとの責任はもてない」

自分が殺されかけてもBサラに主導権を譲らなかったのに、ついにキレたサラは自分の意志で渡した。

 

生徒たちも一人一人キャラがたっていました。悪ぶるツンデレのグレゴリーはなんだか戒君のあの病院にいたグレゴリー君を思いだしたし(漫画の名前が出てこない。戒君と勇基君が出てくるやつ)、孤高のクライブは出自が気になるし、なんだかオスカーとか思い出す。ミケとヤーコフの友情は心温まるし、ノートン少年はちょっと中二が入ってるだけの天然ちゃんと言えなくもない。自分大好きジョルジュは性格と頭の悪い美少年(しかしそこが可愛い)。サイクラスはわかりやすいひねくれた秀才少年。ううむきちんとキャラがたっているな。

 

利害関係のないナハトールに対しては、ダナティア殿下はまるで母なる海のように寛大だ。

利害関係のあるナハさんに対しては…(遠い目)

(彼は、この矛盾をどうやって解決しているのであろうか?)

よくわからない。

魔術師でていけと叫んでいるわりに、彼はなにくれとなく、“楽園”の住人たちのことを気づかったりする。

どこまでも人生直勝負のアシャ・ネビィを見ていると、自分のなやみが、なにやら「あほのような」気がしてくるサラである。

だからアシャやダナティアのように好きなように生きなさいって、と思いつつ、サラは結局最後好きに生きたような気がしないでもない。とりあえず殿下への愛がいまだもってわからないので、まだまだサラの興味は尽きない。(とサラ口調で言ってみる)